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冬期道路交通の遅延と道路利用者の満足度
グラデュウス・マルチリンガルサービス株式会社 山本千雅子
1 はじめに
本研究は、世界でも稀有な大量の降雪にみまわれる積雪寒冷地にある大都市、札幌市で企業を対象にしたアンケート調査から冬期業務交通の問題点を明らかにする試みである。さらに、冬期業務交通の遅延に関わる満足度をマーケティングの「ふたつの満足度」という観点から考察したものである。
一般に、降雪時の道路交通の遅れ(本研究では「夏期に対する所要時間の増加率」と定義する)に対する感覚には、個人差があるので、遅れに対する満足度はある確率分布をなすと考えられる1)。また、マーケティングの分野では顧客がサービスに対して満足ではない状態には、「満足ではない」満足度ゼロの状態と「怒りや不満」を感じる満足度がマイナスのふたつの状態が示唆されている2)。
道路利用に関して利用者が負担する費用としては、道路利用に直接関連する「走行、時間、距離」といういわゆる「直接便益」を国土交通省は採用している3)。しかし、経済活動を行う主体である企業には「経済的損失」の発生に関連した、一般市民とは異なった「冬期交通における問題点」があると考えられる。
札幌市では一般市民を対象に「除排雪に関するアンケート調査 (平成10年度)」4)を行い、一般市民の除排雪に関する意識調査を行っているが、業務交通を対象としたアンケート調査は長く行われていない。本研究では、札幌市の企業を対象に平成13年1月と平成13年7月にアンケート調査を行い、その結果を考察したものである。
2 札幌市の冬期道路状況と除雪事業
札幌市は日本の最北の島であり都道府県である北海道の中心都市である。人口は約180万人で周辺地域を含めると約250万人である。年間の降雪量が5メートルに達する(図-1)この地域は人口密度も高く、適切な冬期道路維持管理は都市機能と冬期間の経済社会活動レベルを維持するために不可欠である。
札幌市では、117億円(平成11年決算)を道路除雪に投入しており、市の同年歳出予算総額15,250億円の約0.8%である。これは、総額の11.4%を占める土木費(1,734億円)の6.7%でもある。地下鉄事業あるいは国民健康保険事業予算の歳出総額は除雪の約10倍で、各々1,134億円(歳出総額の13.3%)と1,201億円(同14.0%)である4)。
このような支出をしているが、市政世論調査5)では、市政への要望事項で「除排雪」は、23年連続で一位である。
また、札幌市は長年順調に経済成長を続け、市民総生産は常に前年比プラスで推移してきた。しかしながら、平成7年にはじめて前年比マイナスに転じており、以来低迷を続ける北海道経済とともに経済構造の立て直しが重要な課題となっている。そのような視点からも年間約130日間の積雪日数を数える同市において、企業活動にあたえる冬期交通のマイナス面をいかに適切なレベルに留めるかが重要である。
図-1 札幌市の年間降雪量・降雪日数の推移
図-2 札幌市の市民総生産の推移
3 冬期業務交通における問題点
対策を立てるにはまず、冬期業務交通の抱える問題点を明らかにする必要がある。そこで問題点を明らかにするため、表-1に示す項目をKJ法で抽出した。
表-1 冬期業務交通の問題点
@ |
交通事故の危険が増す |
A |
原材料や商品が予定通り入荷しない |
B |
打ち合わせなどに訪問できる件数が減る |
C |
雪が降ると来客数が減る |
D |
雪が降るとその日の売上が減る |
E |
出荷が遅れて違約金を払うことがある |
F |
原材料の入荷がおくれたときに納期に間に合わせるために従業員の残業手当などが増える |
G |
従業員が遅刻する |
H |
燃料代などの車両経費がかさむ |
I |
配達などに時間がかかる |
3.1 冬期業務交通の問題点に関する意識調査(平成13年7月)
1)調査概要
平成13年7月10日に社団法人札幌青年会議所(企業派遣の会員による団体。会員資格は40歳以下。会員数160名。)の例会でアンケートを配布し、例会終了後と郵送で回収した。配布数は102票で回収は65票であった。
3.2 冬期交通問題に対する問題意識
札幌市で大雪や路面状況が悪いために発生する冬期交通遅延を企業がどの程度重視しているかについての質問に対する解答は、図-3に示すとおり、「大変重要視している」が53%、「少し問題だと思う」が42%であった。
図-3 冬期交通問題の重要度
3.3 冬期業務交通の問題点の特定
大雪や路面状況が悪く冬期交通遅延が発生した場合、どのような点が企業にとって問題となるかをECR法を用いて分析するため、表-1に示す10項目について最高点を+5点、最低点を-5点としてその他の項目に-4点から+4点の点数をつけて合計0点になるように点数を記入してもらった。この項目での有効回答は46票であった。
3.4 ECR法による分析結果
ECR法による分析結果は図-4のようになる。ただし、分析においては順位のみに着目し、λ=0、θ=0とし点数の差や反対意見は考慮していない。
@→B→I→H→A→G→D→C、F→E
(左から右に重要度あるいは問題度は減少)
図-4 冬期交通の問題点の重要度順位
問題点の重要度の順位としては、一番重要視されている(つまり問題である)のが@の安全性である。二番目が「B打ち合わせなどの訪問件数が減る」で、三番目が「I配達にかかる時間の増加」である。これらはいずれも交通遅延が企業効率に直接影響を与える項目である。4番目がHの車両経費で、一番問題とならないとされたものがEの出荷遅れによる違約金の支払いであった。
3.5 冬期業務交通問題の階層化
冬期業務交通の問題を明らかにするために図-4の項目の階層化を計り(図-2)、問題点をa)安全性の低下、b)直接経費の増加、c)売上の減少による損失、d)業務の効率低下による損失 (間接的な経費増)の4項目(表-2の一番上の欄)に集約した。
この集約化した冬期業務交通の問題点による本調査の重要度順位づけを図-5に示す。図-5から安全性の低下が一番の問題点となっていることがわかる。これは、積雪期特有の問題で非積雪期あるいは他の非積雪寒冷地における交通渋滞による遅延による問題との違いと考えられる。次に問題とされた項目が、冬期交通遅延による経済活動効率の低下である。どの程度の交通遅延が企業に受容されるかを知ることによって、企業が求める冬期道路維持管理水準が推察可能になることから、次に冬期業務交通遅延に関する企業の満足度(不満足度)を考察する。
表-2 冬期業務交通の問題点の階層化
間接的経費増
効率低下損失 |
間接的 |
|
納期遅れ違約金 |
E |
残業増 |
F |
直接的 |
|
従業員の遅刻 |
G |
配達時間増 |
I |
訪問件数減 |
B |
売上減少損失 |
売上低下 |
D |
機会損失 |
|
来客減 |
C |
配達遅れ |
I |
入荷遅れ |
A |
直接経費増 |
車両経費 |
H |
安全性低下 |
@ |
図-5 集約化した冬期業務交通問題の重要度順位
4 「ディスサティスファクション」と「アンサティスファクション」
顧客がサービスに対して満足ではない満足度ゼロの状態「ディスサティスファクション」と「怒りや不満」を感じる満足度がマイナス状態である「アンサティスファクション」を表-3のように定義することができる2)。
表-3 ふたつの顧客満足論2)
|
ディスサティスファクション |
アンサティスファクション |
性格 |
「不満」「怒り」マイナスの満足 |
「満足でない」ゼロの満足 |
顧客行動 |
コンシューマリズム公害告発運動 |
これしかないのでしかたなくよくないので買い控え |
対応 |
マイナスをゼロに(怒りの鎮火) |
ゼロをプラスに(喜びの創出) |
効果 |
顧客の維持(企業存続) |
顧客の創造(企業成長) |
冬期交通遅延におけるこのふたつの不満足について、「ディスサティスファクション」の状態を「不許容遅れ」、「アンサティスファクション」の状態を「許容遅れ」、さらに顧客が満足している状態を「期待遅れ」と本研究では定義する。
4.1 企業道路利用者意識調査(平成13年1月)
1)調査概要
アンケート調査の対象は、札幌商工会議所の会員とした。平成13年1月16日に電話で協力依頼しファックスで配付・回収した。22票配付し19票の回収であった。
4.2 企業の冬期交通遅延に対する満足度(不満足度)
冬期の積雪による交通遅延についての意見を尋ねる質問を図-6に示す。
図-7は、本調査の結果から得た遅れに対する企業の反応である。横軸は、夏期と比較したときの遅れ時間の増加率を、夏期を100%として表したものである。一方、縦軸はある増加分に対し、その値を回答した利用者数とその値より小さな遅れ時間を回答した利用者の累計である。期待遅れ、許容遅れ、不許容遅れの各線の右上は、これらを満たさない領域で、各線の左下が、これらを満たしている領域である。
1.雪国で営業する以上当然と思う、あるいは遅延による損失を事業計画に織り込み済みの遅れはどれくらいですか。
夏期の( %)増
2.しょうがないと思える、あるいは損失が許容可能な遅れはどれくらいですか。 夏期の( %)増
3.大きな損失が発生する、あるいは行政に苦情電話をかけたくなる遅れはどれくらいですか。
夏期の( %)増よりも悪化したとき |
図-6 企業の冬期遅延に対する満足度を尋ねる質問
図-7 冬期遅延時間と利用者の期待遅れ・許容遅れ・不許容遅れ
図-7の一番左の線は、企業道路利用者が冬期遅れは「これぐらいであって欲しい」と「期待」するレベルを示す。「期待される遅れ時間の増加率」は、10〜50%の範囲で平均値は24.4%である。中央の線はいわるゆる「許容」を表していて、平均で45.0%で、許容される最大の遅れは、10〜100%である。つまり、一番寛容な道路利用者であっても、所要時間増が夏期の2倍でアンサティスファクションの領域となることわかる。さらに右の線の上は、これ以上の遅れはディスサティスファクションとなり、許容されなくなる領域を示す。平均値は83.8%で、30%〜200%以上の遅れは全く許容されない。夏期の3倍以上の時間がかかると、もはや誰もが不満や怒りを覚える。
表-4「ディスサティスファクション」と「アンサティスファクション」の定義から、図-7で一番右の線の右上が、許容できない「ディスサティスファクション」の領域で、中央の線と右の線の間が満足ではないが、これしかないのでしかたがないという「アンサティスファクション」の領域である。さらに中央の線の左がすべて「サティスファクョン」の領域となる。
4.3意識調査による現状の冬期遅れ時間との関連性
現状での冬期遅れ時間について、本アンケート調査では、道路交通状態が良くて夏期比25.9%、通常で35.4%増、悪いときで84.6%増という回答を得た(図8)。この道路利用者が評価した状態が良いときと悪いときの遅れ時間の夏期比増加率は、期待遅れと不許容遅れの平均値である24.4%と83.8%に極めて近い。
図-8 冬期遅れ時間(夏期比増加率%)
5 まとめ
本研究では、2回の企業を対象とした冬期業務交通意識調査を行い、以下の考察を得た。
1)平成13年7月の調査結果では、53%の企業が冬期交通問題を重要視している。
2)札幌市の冬期業務交通における問題点を抽出し、どの問題点がより重要であるかをECR法を用いた企業を対象とするアンケート調査により明らかにした。さらにその問題点の階層化を計り、札幌市の冬期業務交通における一番の問題点は、安全性であり、2番目が交通遅延による企業活動効率の低下であることがわかった。
3)冬期遅延に対する札幌市の企業の満足度を、夏期比遅延時間の増加について調査した結果、企業の冬期交通遅延に対する満足度、ふたつの不満足度を示すグラフが各々得られた。
また、道路利用者が評価した状態が良いときの遅れ時間の値(25.9%)と悪いときの値(84.6%)は、期待遅れと不許容遅れの平均値(24.4%と83.8%)に極めて近いことがわかった。しかし、許容遅れの平均値と道路利用者が通常と判断した遅れの値(45.0%)とでは乖離がみられた。
参考文献
1)寺内義典「降積雪時における遅れと道路使用者の満足度に関する基礎的考察」2000年土木計画学研究・講演集
2)嶋口充輝「顧客満足型マーケティングの構図」有斐閣1994年
3)道路投資の評価に関する指針検討委員会「道路投資の評価に関する指針(案)」財団法人日本総合研究所1998年
4)札幌市「除排雪に関するアンケート調査(平成10年度)」平成11年札幌市
5)札幌市「札幌市統計書」平成11年版札幌市
6)札幌市「市政世論調査」平成12年度札幌市
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